チャレンジ20000キロを始めた理由

 (2010/3/13) 


1985年の学生時代当時、夏休み明けの9月、サークル劇団どろんこに入ることになる。そしてそこで入ってすぐにひとつ年上の女性(秋田美人)に告白される。(周囲には名前は秘密にしていたが、すぐに事実上の交際宣言をする。そして約1年数ヶ月後彼女の名前が発覚する事になる。)
私は将来仕事に就いたらこの人と結婚しよう・・・・その時私はそう感じて心に決めた。(一時彼女が、お酒に酔ってはいたが赤ちゃんが欲しいと言ったので、学生結婚を真剣に考えるが、それは考え過ぎだったらしい。彼女本人も覚えていないようだ。)
つまらない男ではなく(アパートでごろごろしている男でなく)、何か趣味を持たねば・・・・と思っていると、高校時代の友人から北九州の旅へ誘われた。
そこで知ったのが、『いい旅チャレンジ20000キロ』である。
行った路線は正式に記録として認められるし、私の家計では日本一周も夢ではないと知り、すぐに参加を決める。
彼女には、鉄道撮影の旅に出ていると言うこと以外知られぬようにして、完乗記録を達成する時にそれを伝えて驚かせるつもりだった。そして終着駅に予定していた『出雲市駅』で、愛を誓う(婚約する)つもりだった。(一部で、見知らぬ女性とのアバンチュールだとに噂にもなったが、実際は一人または鉄道仲間と列車で駅弁を頬張っていただけである。)
彼女への気持ちを表現するひとつの手段として、『いい旅チャレンジ20000キロ』を、選んだのである。
その後(結婚後)は、二人で全国各地へ出掛けるつもりでいた。(周囲の女性の誰に聞いてみても一緒に旅行へ行った人がいないと判ると御前の旅行は妄想だとする者もいたが、全く迷惑な話だ。)
今は果たせぬ夢となったが・・・・・・・・・・・・。

遙かなる旅は、この駅から始まった。武豊線武豊駅。始発を見送り、明るくなってから認定用の写真を撮り朝陽の中旅立った。(写真は10年後の同じ日に同じ場所で、始発を待ちながら撮影したもの。)
その後、1989年5月はじめの電話を最後に、彼女とは連絡は取れなくなった。
果てしなき鉄路だけが、私に残された・・・・。

学生時代、踏破旅行の記録を伸ばせなかった理由。
学生時代、旅費は全て名古屋○○○○局のアルバイト給料で賄っていた。
そんなある日バイト先で仕事中に、同じ大学のアルバイト学生に、「女を裸にして、やりたいと思っている!」と、鬼かはたまた獣の様な顔をして言われた。
おかしいな?と思っていると今度はバイト先の職員から、「各地で女とやっている!」と嫌みを言われた。
職場で、秘密にしていた「いい旅チャレンジ20000キロ」を知る事ができるのは、同じ大学から来ているアルバイト学生だけだった事から、どうやら大学で発覚した「日本各地を鉄道で旅している」という話が、そこから職場にも広まって卑猥な憶測が広まってしまった様だ。
「キャッシュカードの暗証番号を教えろ!」と、ATMの背後から番号キーをのぞき込んだりされた事もあった。
最後には、同じ大学のアルバイト学生に、私に同じサークルの彼女がいるのに嫌らしい目つきで、パートの女性の中からくじ引きで付き合う女を選べと言われて、恐ろしくなって安定した収入で長く続いたバイトを辞めた。(二ヶ月週六働いて、二週間休んでまた二ヶ月週六で働いて、という仕事はなかなか無い)
それからというもの収入が安定しなくなり、鉄道旅行に出にくい日々が続いた。
鉄道に乗っていると彼女以外のいかがわしい女の噂が立ってしまう。全く奇妙な出来事だった。
(当時の名古屋○○○○局の輸送課上司による見解・同じ大学から来ている学生アルバイトみたいに、(セクハラでも)何でもやる奴がうちには必要だ。君みたいにまじめにこつこつ仕事をする学生はいらない。と、最後の最後に電話で言われた。)


(^_^)v踏破の軌跡(認定された又はされる筈だった踏破旅行)(^_^)v

1986年1月30日〜2月3日 北九州ワイド周遊券の旅(同行者男性1名)
1986年8月3日〜16日 北海道ワイド周遊券の旅(同行者男性1名)
1986年11月1日 東京ミニ周遊券の旅
1987年7月29日〜30日 秋田・男鹿ミニ周遊券の旅
1987年8月22日〜28日 四国ワイド周遊券の旅
1987年9月10日・23日 青春18きっぷの旅(他)
1988年2月19日〜21日 能登・加賀温泉ミニ周遊券の旅(途中合流男性2名現地解散)
1988年4月1日〜3日 南近畿ワイド周遊券の旅
1988年11月3日 羽越本線踏破(使用券種不明)
1988年11月23日 京葉線普通乗車券踏破
1990年3月14日 『いい旅チャレンジ20000q』キャンペーン終了(以降、個人的に出掛ける)

※実は、1985年11月の休講を利用して、個人で一般周遊券を使い四国の松山道後温泉と高知の桂浜を旅行している。その時年上の彼女をここに連れてこれたらとふと思ったものだ。
それが今日の踏破旅行のルーツといえるだろう。


【結婚を前提にしていた彼女と別れた理由】
【その1】 彼女は告白した覚えもなければ、この約三年間交際している覚えもないそうだ
【その2】 私には他に付き合っている人が居ると彼女は思い込んでいる。妄想に入っているようだ
【その3】 私は、誰か女性に追われて逃げていると彼女は思い込んでいる。これも彼女の妄想だ
私が交際宣言した時から、彼女の誤解は既に始まっていたようである。

更に、将来結婚を考えていた彼女が、突然部屋を長期間留守にする事が多くなって、心配して名鉄電車の終電終了後、深夜タクシーで彼女の部屋まで訪ねて行くことが多くなった。周囲のセクハラで、仕事・必修のゼミも失った私は、彼女だけは失ってはならないと借金承知で深夜タクシーを毎晩走らせた。
タクシーが乗れなくなってからは、自転車を走らせて彼女を捜した。
借金はいつしか雪だるま式に膨らみ、ほぼ不眠不休で探して百万円以上になったが、一向に見つからずストレスから倒れるに至った。
一般的には、鉄道の趣味で借金を作ったことになっているが、実際は違う。収支はうまくいっていて全く問題なかった。
借金ができたのは、セクハラで仕事と大学の授業を失った時、結婚を考えている彼女が突然行方不明になったからである。
その結果、別れるしか無くなってしまったのである。